7月20日、東芝の粉飾決算に関する調査を行っていた、第三者委員会の調査報告が、東芝のオフィシャルサイト上で公開されました。A4サイズ84ページ、約68000字の分量でまとめられた報告書には、粉飾決算の原因が、「過度にその年の利益を重視する、経営トップの姿勢」にあることを明確に記しています。明らかになった、今回の粉飾決算の中身とその原因を、第三者委員会の調査報告書を基に確認していきます。
明らかになった粉飾された利益額は、1,518億円
調査報告では、調査に到ったおおまかな経緯と調査方法の説明があった後、過去の決算で粉飾された売上と利益の額が報告されています。
(出典:株式会社東芝 第三者委員会調査報告書 第1章 本調査の概要 五 本調査における連結会計年度別修正額)
スクリーンショットで不明瞭なところがあるので、別の表でも整理してみますが、
合計額で見ると、売上で149億円、利益で1,518億円が水増しされていたと報告されています。
事前にメディアから伝わってきた情報では、2,000億円とも3,000億円とも言われていましたが、そこまで大きい数字ではありませんでした。
ただし、調査対象となった2008年度から2014年第三四半期までの税前利益の累計額が約5,700億円ですから、そのうちの約25%が粉飾だったということで、今回の粉飾額がいかに大きいかがよく分かります。
また、上の表では1,518億円の粉飾の内訳も同時に示しています。
一番左の列に「工事進行基準」「部品取引」「経費計上」「半導体在庫」とありますが、これが粉飾の手法によって分類された内訳です。
詳細は、実際の調査報告書に譲るとして、それぞれの粉飾の手法について概要を見ておきましょう。
工事進行基準による粉飾
「工事進行基準」については、過去の記事で扱っていますので、詳細はそちらも見ていただきたいのですが、
大まかに説明しておくと、
「工事進行基準」は、売上を記録するタイミングの基準です。
一般的な会社は、商品・製品を販売して利益を上げていますが、そのような会社において、売上を記録するタイミングは、
商品・製品を取引先に引き渡して、取引先が中身に問題がないとOKを出した時
です。
これに対して、「工事進行基準」は、建設業などを主なビジネスにしている会社において、完成までに何年もかかるような大型工事について、
工事が完成する程度に応じて売上を記録する
と言う基準です。
ちょっと難しいのでもう少し説明を加えると、
たとえば、東芝がビジネスの柱の一つにしている、原子力発電所の設置工事。
極めて大雑把ではありますが、原子力発電所の設置工事は、
設計→掘削(原子炉を埋め込むため)→原子炉搬入→ケーブル工事→試験運転→完成
という工程を辿って完成します。
仮に、この工事の売上が100億円、工事期間が2014年3月から2019年3月までだったとして、
一般的な売上を記録するタイミングに従うと、「取引先に商品・製品を引き渡したとき」ですから、引き渡しのタイミングは、完成後。
ということで、試験運転の後=2019年3月に100億円の売上が記録されることになります。
それに対して、「工事進行基準」で売上を記録すると、原子力発電所ができあがるにつれて、売上が記録されます。
工事期間(2014年3月から2019年3月)を通じて、毎年20%ずつできあがっていくとすると、
売上も20%ずつ記録されていくのです。
これが、「工事進行基準」です。
東芝が行った「工事進行基準」に関わる粉飾の中身に、話を移しましょう。
「工事進行基準」を採用する、大型工事案件については、入札によって契約を獲得することが多くあります。
その際、将来の工事契約受注を見越して、工事実績を積むために、赤字を承知で安い金額で入札し、工事を受注するケースがあります。
受注の段階ですでに赤字が出ることが分かっているような場合、
「工事進行基準」を採用している案件については、
赤字が分かった段階で、損失を記録する
のが現在の会計のルールです。
ところが、東芝がどうしていたかというと、
赤字であることが分かっていたのに、それをスルーしていました。
つまり、「損失を記録しないまま放ったらかしにしていた」と言うことです。
赤字に気づいてなくて、正しく損失を記録していなかったということなら、まだ、考慮すべき余地はありますが、むしろ、
赤字が存在することも、それを損失として記録しなければいけないことも分かっていたのに、あえて、そのままにしていた
というのが東芝が行ったことです。
こうすることによって、本来記録されなければいけない損失が記録されず、その分利益が水増しされた
というのが、「工事進行基準」に関わる粉飾の中身です。
水増しされた利益の額は、477億円でした。
(調査報告書にはこれ以外のケースも扱っていますが、この方法による粉飾がメインです)
部品取引
次に、部品取引による粉飾です。
舞台になるのはPC事業部。
東芝で販売しているパソコンは、部品の調達から製品の組み立てまで、全てを自社で行っているわけではありません。
必要な部品は東芝で調達するのですが、調達した部品は、外部の組み立てメーカーに販売。
組み立てメーカーは、東芝から受け取った部品を使ってPCを完成させ、できあがったPCは再度、東芝へ。
東芝は、組み立てメーカーから引き取った完成品のPCを、自社の製品として販売する、
という方法を採っています。
(厳密にはもう1社を挟む取引ですが、実態を理解しやすくするために省略しています)
図では具体例として、
東芝が購入した部品の金額:10,000円
東芝から組み立てメーカーへ販売した部品の金額:30,000円
組み立てメーカーから東芝へ販売したPCの金額:60,000円
と金額まで示していますが、実際に、東芝は購入額の5倍から6倍の金額で、購入した部品を組み立てメーカーに販売していたようです。
この一連の取引について、会計上のルールでは、
製品を完成させるまでの一部の工程を外部の会社で行っていたとしても、
部品の購入から、完成したPCを販売するまでの一連の取引は、全てが一体となって成立するものなので、
PCを販売するまでの過程は、すべて、東芝内部のPCの製造工程と考えます。
ですので、組み立てメーカーが東芝の外部にある会社であったとしても、最終的に東芝は、必ずPCを引き取りますし、その引き取り価格は、販売した部品の金額も含めて決められて、利益が出ることはありませんから、
売上と認められるのは、完成品を東芝の外部に販売したときだけと考えて処理することになります。
ところが、東芝はどうしていたかというと、部品を大量に購入して、組み立てメーカーに販売し、組み立てメーカーに大量の在庫として保管させていたのです。
これでどうなるかというと、
通常の取引だと、組み立てたPCは、すべて東芝が購入するので、
部品を組み立てメーカーに売ったときに、「売上30,000」と記録したとしても、
組み立てメーカーからPCを購入する際には、「仕入60,000」と記録され、60,000の中には、販売した部品の金額30,000も含まれているので、
結局、両者は相殺されて、部品の引き渡しによっては、売上も利益も記録されないことになります。
ところが、組み立てメーカーに部品を販売して、在庫として保管したままだとどうでしょう。
東芝が組み立てメーカーに部品を販売したときの「売上」は、製品を引き取っていないので、「仕入」と相殺もされることなく残ったまま。
売上と部品の購入額の差額は、利益として記録されることになります。
こうして、本来なら製造過程の一部として、売上や利益を記録してはいけない、「組み立てメーカーへの部品の販売」を利用して、利益の水増しを行いました。
これが、「部品取引」による粉飾です。
水増しされた利益の額は592億円でした。
経費計上
次に、経費計上による粉飾です。
いくつかの手法が挙げられていますが、分かりやすいところでは、取引先に請求書の発行を遅らせるように依頼して、本来記録するべき会計期間に、経費を記録しないことによって、利益を水増しする方法などがありました。
全体から見ると、経費計上による粉飾の金額の割合は小さく、88億円でした。
半導体在庫
最後に、半導体の在庫に関する粉飾です。
東芝は半導体の部品を製造・販売していますが、どれくらい売れるかの予測が外れたり、これまでの取引先との取引が中止になったりすることで、
東芝で作ってきた半導体の部品が、売れなくなってしまうことがあります。
売れなくなったものについては、
「製品としての価値が下がり、利益を生まなくなった」
と判断して廃棄して損失にしたり、在庫として保管するにしても、金額を切り下げて評価損を出すのが、会計のルールです。
ところが、東芝は売れなくなった在庫について、金額を切り下げて評価損を出したり、廃棄しても損失を出すことをしなかったのです。
これが、半導体在庫による粉飾です。
在庫に対する評価の誤りによって水増しされた利益は、360億円でした。
粉飾の原因は、毎年の利益を過度に重視する経営トップの姿勢
報告書では、上記の様な粉飾の原因についても触れています。
そこで強調されているのは、
経営トップ(=社長)の利益を過度に重視する姿勢
に根本的な原因があるということ。
社長が利益に対してこだわりを持つのは当然です。
会社は利益を獲得することを目的に作られた組織であり、社長はその責任者なのですから、利益に拘って、利益を増やすことが、社長の仕事と言えます。
ですが、利益へのこだわりの結果、利益目標を会社の実態からかけ離れたところに設定するようになった場合はどうでしょうか。
当然、部下は示された目標が高すぎることを、社長に進言することになるでしょう。
ですが、それが聞き入れられることなく却下され、
反対に、予算を達成できなかったことを、会議で厳しく叱責したり、事業部の廃止をほのめかして脅したり、
さらには、予算未達成によって、業績に連動した報酬を下げることなどで追い込まれたりした場合。
それでもなお、トップの姿勢を糺すべきというのは、今後さらに上を目指そうかという、サラリーマンにとっては、酷と言うほかありません。
そうなると、「どんなことをしても予算を達成しなければならない」という考え陥ることも、十分に理解できます。
報告書では他にも、内部統制が機能しなかったことや、上司に逆らえない風土などが、粉飾の原因として挙げられていますが、
それらの原因すらも、結局は経営トップの姿勢に行き着きますから、
「利益達成のためなら何でもやれ!」
という社長の下では、粉飾のリスクが高まると言うことだけが、明確になったと言えるでしょう。
社長が利益に強くこだわったのは、虚栄心?
報告書は、経営トップの利益至上主義が、粉飾の主な原因だったと結論づけましたが、気になるのは、経営トップがそこまで利益にこだわった理由です。
社長も会社の中では、トップのポジションにいますが、対外的には、株主や、借入をしている金融機関、取引先などから強いプレッシャーを受けています。
株主からは株価の上昇と配当の増額、金融機関からは利息と元本返済のための資金、取引先からは支払い、など、
いずれも利益を出すことによって、応えるべき要求です。
つまり、社長は外部の利害関係者からの要求によるプレッシャーにさらされるために、利益にこだわらざるをえなくなることが考えられます。
ただ、東芝の場合は、粉飾が無くても利益は出ていましたし、ここ数年はキャッシュフローも特に問題はなく、自己資本比率も20%台の半ばで推移していますので、財務安全性についても悪くない水準だったと思います。
ですので、対外的なプレッシャーを強く受けることはなかったのではなかったと思うのです。
にもかかわらず、社長が強く利益にこだわる理由があるとしたら、それは、”虚栄心”ではないかと思います。
報道によって広く知られているように、前社長の佐々木則夫さんは、その退任の席で、元社長で当時会長だった西田厚聰さんから、売上の減少などを理由に、厳しく批判されています。
このような批判は、メディアが多数集まる記者会見の場で、いきなり起こるわけではなく、佐々木さんの社長在任中から何度も伝えられていたでしょうから、佐々木さんも売上や利益に対して過敏になっていたことは想像に難くありません。
そして、こうしたやりとりの中から、佐々木さんの西田さんへの対抗心が強くなり、「とにかく自分の業績を大きく見せて見返してやりたい」という思いから、利益への強いこだわりへとつながったのではないかと思うのです。
(この部分は調査報告書には記述はなく、私の推測に過ぎません)
経営トップの虚栄心のような、人の心の中に粉飾の原因があると考えると、それを防ぐのは簡単ではないように思います。
まとめ
調査報告書によると、東芝の粉飾は、経営トップの過度な当期利益重視の姿勢が原因と結論づけられています。どんなに大きな会社でも、社長の与える影響は極めて大きく、社長が強い倫理観や正義感を宿していなければ、不正も簡単に起きてしまいます。
おまけ
顧問契約のお話があった場合でも、契約を結ぶかどうかの判断においては、社長のビジネスに対する考えを必ずお聞きするようにしています。
ビジネスにおいても、倫理観や公正さなどの意識が薄い方とは、どうしても考えが合いませんし、いずれは、トラブルになる可能性が高いからです。
顧問料の収入は、正直、大きいのですが、それでも、お互いの信頼関係に基づいた仕事である以上、この点の判断はしっかりするように心がけています。